NPOと大学生

生産人口における若年層の割合低下が深刻化する日本が国際競争力を維持するためには、若年層がより早い段階から社会産業活動に従事するという考え方も一つのアプローチとなりえる。

ここで真っ先にターゲットとなるのは比較的時間に余裕のある(と思われる多くの)大学生であり、実際に多くの取り組みにおいて、既に大学生を巻き込んだ社会産業活動が行われてもいる。(最も有名なのは学生アルバイトだが)

その中でも、NPOという枠組みを活用して大学生を稼働させる「NPO法人カタリバ」のようなモデルからは、いくつかの示唆を得ることができる。


若者たちの働き方の意識変化の中で震災以降、NPOという組織体が俄然注目を集めているものの、寄付文化が無く(宗教感の影響が大きい)、寄付税制も十分に整備されていない日本において、実際にNPOが長く活動を継続していくことは、特にその財政面において現段階では非常に難しいと言える。

労働には原則、対価が付随しており、NPOで働くということはその労働の対価が金銭ではない何か(心の満足感?)とうこと。
残念ながら、現代社会においては貨幣を持たなくては生きる事ができない。
従って、本質的にはNPOで働く人はお金を必要としない(=既に一生分のお金を十分に持っている)人に限られるはずだ。
が、実際には十分にお金を持たないままNPOでの仕事を選択したがる人が実に多い。

仕事という言葉を辞書で調べると”生計を立てる手段として従事する事柄”とある。
どれだけキレイ事を並べた所で、NPO活動を仕事として生業にするにはお金は必要条件だ。

このような現代社会の仕組みの中で考えるに、NPOに'仕事'として従事する少数の人たちには運営資金から彼らの生活費を付与してコントローラーの役割を任じ、NPOに興味をもつ多くの(その時点では生業を必要としていない)大学生をボランティアの兵隊として社会産業活動に参加させるという型は、NPO運営モデルの解の一つとして多方面に展開できるかもしれない。

大学生側の労働の対価は将来的にNPOを生業とする予行演習経験や人脈の構築、個人的な満足感であって構わないし、最近では就活のアピール材料にするといったガッついた子たちもいる。
社会人までのモラトリアムを持て余す大学生達にとっても、十分に魅力的なアクティビティーに映るであろう。
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新卒採用でもグローバル人材が謳われる今日、採用企業側は”英語のお勉強はできる非グローバル人材”の見極めに手を焼いているそうだ。

NPOが学生のインターンシップ先のような位置づけとなるモデルが社会に十分に浸透すれば、あるいは採用プログラムの一環としてNPO法人を活用することを企図し、積極出資を行う企業が表れてくるかもしれない。

社内に学生のインターン受け入れ環境を準備するのは難しいが、じっくりと採用学生と向き合いたい企業などには良い選択肢となるであろう。
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by kinase | 2013-04-10 02:03 | 考える
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